「エゴを手放しましょう」が苦しくなる理由
スピリチュアルの世界では、
「エゴを手放しましょう」という言葉がよく使われます。
しかしこの言葉に、
違和感や苦しさを感じたことはないでしょうか。
- 手放そうとしているのに、余計に意識してしまう
- エゴが出るたびに「まだダメだ」と責めてしまう
- 感情が揺れると「エゴに負けた」と感じる
もしそう感じているなら、
「エゴを手放す」という言葉自体が、 本来の意味からズレて伝わっている
可能性が高いのです。
この記事では、
- エゴを手放すとは本当はどういう状態なのか
- なぜ「消そう」とすると苦しくなるのか
- エゴと成熟した関係を結ぶとはどういうことか
を、丁寧に紐解いていきます。
エゴは「なくせるもの」ではない
エゴは、
- 思考
- 感情
- 自己認識
- 社会性
と深く結びついています。
肉体を持ち、
社会の中で生きている限り、
エゴ的な反応がゼロになることはありません。
もし本当にエゴが完全になくなったら、
私たちは
- 判断ができない
- 境界線が持てない
- 現実的な行動が取れない
という状態になります。
つまり、
エゴを「消す」「排除する」ことは、
現実的でも健全でもないのです。
「エゴを消そう」とすると起きる逆効果
ではなぜ、
エゴを手放そうとするほど、
苦しくなるのでしょうか。
それは、
エゴを消そうとする行為自体が、 新たなエゴを生むからです。
- エゴがある私は未熟
- エゴが出てはいけない
- もっと悟らなければ
こうした考えはすべて、
「正しくありたい」
「優れていたい」
というエゴの別の顔です。
つまり、
エゴを消そうとすることで、
エゴ同士が内側で戦っている状態
が生まれてしまうのです。
3.エゴを手放す=「同一化をやめる」
では本当の意味での
「エゴを手放す」とは何でしょうか。
それは、
エゴと自分を同一化しなくなること
です。
- 怒りが出た
→「私は怒っている人間だ」ではなく
→「怒りが湧いている」 - 不安を感じた
→「私は弱い」ではなく
→「不安が現れている」
この違いはとても小さく見えますが、
内側では大きな転換が起きています。
エゴを「自分」だと思わず、
一時的な現象として認識する。
これが、
エゴを手放した状態です。

感情や現象として起こったことを、自分の人格と無暗にくっつけない・結びつけないだけで、自分を責める苦しさ・窮屈さがなくなっていきます。
エゴを観察できている時点で、手放しは始まっている

重要なポイントがあります。それは、エゴに気づいている時点で、 すでにエゴから一歩離れているということです。
本当にエゴに飲み込まれているとき、
人は
「これはエゴだ」
と気づく余裕すらありません。
- 気づけている
- 観察できている
- 名前をつけられている
この状態は、
意識がエゴの外に立っている証拠です。
つまり、
「またエゴが出た」と気づくたびに、
あなたはすでに
手放しのプロセスの中にいます。
感情をなくすことは、エゴを手放すことではない

よくある誤解の一つが、「感情が動かなくなること=エゴがない状態」という認識です。
しかし、
感情を感じなくなることは、
エゴを手放した状態ではありません。
それは、
- 抑圧
- 切断
- 麻痺
である可能性が高いのです。
エゴを手放すとは、
感情が出ても、
それに振り回されなくなることです。
- 悲しいけれど、溺れない
- 怒っているけれど、壊さない
- 不安があるけれど、選べる
この「余白」が、
エゴが手放されている状態です。
エゴを手放すと、自己主張が弱くなるのか?

もう一つの誤解は、「エゴを手放すと自己主張できなくなる」というものです。
実際はその逆です。
エゴが強い自己主張は、
- 防衛
- 承認欲求
- 恐れ
から生まれます。
エゴが手放されると、
自己主張は
静かで、明確で、
誠実(ごまかしや二面性がないという意味です)
になります。
- 言い訳をしない
- 相手を説得しない
- でも、境界線は引く
これは弱さではなく、
内側に軸がある状態です。
エゴは「手放す対象」ではなく「癒される存在」

エゴを手放すプロセスで、最も大切なのはエゴを癒す視点です。
エゴの奥には、
- 恐れ
- 傷
- 信念
があります。
エゴは、
それらを抱えたまま、
あなたを守り続けてきました。
だから、
エゴを無理に手放そうとすると、
エゴは抵抗します。
理解され、
受け入れられたとき、
エゴは自然に力を緩めます。
エゴが手放されていくときに起こる変化
エゴが手放されていくと、
次のような変化が現れます。
- 判断が軽くなる
- 他人の反応に振り回されにくくなる
- 正しさより誠実さを選べる
- 「こうしなければ」が減る
これは、
何かを失った感覚ではなく、
余計な荷物を下ろした感覚
です。
自分らしさが薄れるのではなく、
むしろ
より自然な自分が表に出てきます。
エゴを手放すとは、戦いを終えること

エゴを手放すとは、自分との戦いを終えることです。
- できていない自分
- 揺れる自分
- 完璧でない自分
それらを排除するのではなく、
そのままの自分に戻ること。
エゴは、
あなたがこの世界を生き抜くために、
必要だった存在です。
もう戦わなくていいと気づいたとき、
エゴは静かに一歩下がり、
本来のあなたが前に立ちます。
それが、
「エゴを手放した状態」の本当の意味なのです。





まず大前提として知っておきたいのは、エゴは完全になくなるものではないということです。